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札幌地方裁判所 昭和58年(ワ)98号 判決 1989年5月31日

原告

(亡)本村由松

原告亡本村由松相続人養女

田村悌子

右訴訟代理人弁護士

牧口準市

森越清彦

猪狩康代

村岡啓一

中山博之

坂原正治

澤田昌廣

被告

右代表者法務大臣

高辻正己

右指定代理人

金子泰輔

外一五名

主文

1  本件訴訟は、昭和六三年四月二七日原告の死亡によって終了した。

2  中間の争いに関して生じた訴訟費用は、原告の相続人養女田村悌子の負担とする。

理由

一原告の提起にかかる本件訴訟は、次のとおりの請求原因に基づき、被告に対して、昭和五四年七月から昭和五七年五月までの間の未支給の老齢年金合計一〇六万六九三三円の支払いを求めるものである。

1  原告は、大正三年六月一三日生れの日本国内に住所を有する日本国民であって、国民年金法(昭和三四年法律第一四一号)の施行の日である昭和三四年一一月一日現在において同法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のものをいう。以下単に「法」という。)別表一級一号(「両眼の視力の和が0.04以下のもの」)に該当する程度の廃疾の状態にあったものとして、法八一条一項の規定により、法五六条の定める障害福祉年金の受給権を取得し、昭和三五年四月二五日、その受給権の裁定を受けて、無拠出制の障害福祉年金の支給を受けていたものであるが、さらに、昭和三六年四月以降においては国民年金保険料を納付し、法七六条の規定により、六五歳に達した後の昭和五四年七月以降についての法二六条の定める拠出制の老齢年金の受給権を取得した。

そこで、原告は、昭和五四年六月一五日、社会保険庁長官に対し、老齢年金の受給権の裁定の請求をしたところ、社会保険庁長官は、昭和五七年一〇月二〇日付けで、原告に対して、原告が昭和五四年七月以降の老齢年金の受給権を有する旨の裁定をした。

2  そして、原告は、法二〇条、国民年金法施行規則(昭和六一年厚生省令第一七号による改正前のもの。)一七条及び三二条の各規定に基づく右障害福祉年金と老齢年金とのいずれを受給するかについての選択の申出書を提出しないでいたところ、社会保険庁長官は、昭和五四年及び昭和五五年の各七月分については老齢年金の額が障害福祉年金の額を上回りその余の各月については障害福祉年金の額が老齢年金の額を上回ることになるところから、原告が全受給期間について右両年金のうち年金額の高い方の年金の支給を選択したものとみなしたうえで、原告に対して、老齢年金の支給について、昭和五四年八月分以降につき支給停止の措置を採り、昭和五五年七月分につき右支給停止の措置を解除し、昭和五五年八月分以降につき再び支給停止の措置を採ったとして、昭和五七年一二月一四日付けでその旨を通知し、さらに、社会保険庁長官の委任を受けてその事務を行う北海道知事は、原告に対して、障害福祉年金の支給について、昭和五四年七月及び昭和五五年七月の両月分につき支給停止の措置を採ったとして、昭和五七年一二月二〇日付けでその旨を通知した(なお、社会保険庁長官は、昭和五四年七月分及び昭和五五年七月分につき、既に原告に対して障害福祉年金が支払われていたため、この支払い済みの障害福祉年金を老齢年金の内払いとみなして、その差額四〇七五円を支払うこととし、昭和五七年一二月一四日付けで、原告に対して同額の国民年金支払通知書を送付したが、原告は、右支払いを受けなかった。)。

3  しかしながら、二以上の年金給付の受給権を有する者にはその者の選択によりその一を支給し他の支給を停止すべきものとするいわゆる併給の調整について定めた法二〇条の規定及びこれに基づいてなされた前記各支給停止の措置は、憲法二五条、一四条、二九条及び三一条の各規定に違反するものであって無効であり、したがって、原告は、障害福祉年金の受給権の裁定を受けてその支給を受ける権利を有するとともに、老齢年金の受給権の裁定を受けて、昭和五四年七月以降の老齢年金の支給を受ける権利を有するものというべきであるから、被告は、原告に対して、同年七月から昭和五七年五月までの間に原告に支給すべきであった未支給の老齢年金合計金一〇六万六九三三円を支払うべき義務がある。

二ところで、原告が本件訴訟の係属中の昭和六三年四月二七日に死亡したこと及び原告の養女の田村悌子(以下「相続人田村」という。)が相続によって原告の財産に属した一切の権利義務を承継したことは、いずれも本件記録によって明らかである。

そして、相続人田村は、次のとおりの理由により、本件訴訟における原告の地位を当然承継したものであると主張する(なお、相続人田村は、これを前提として、訴訟手続受継の申立てをするけれども、原告は、訴訟代理人によって本件訴訟が提起され追行されている間に死亡したのであるから、ここでは専ら本件訴訟における原告たる地位の当然承継の成否が問題となるに過ぎず、訴訟手続の中断又はその受継の生じる余地はないのであって、右申立ては、単に期日の指定等についての裁判所の職権発動を促すものとしての意味を持つものに過ぎない。)。

1  本件訴訟の対象たる権利又は法律関係は、既に受給権の裁定を受け一般金銭債権に化した原告の具体的な老齢年金請求権である。そして、老齢年金請求権も、このように具体化され一般金銭債権に化した後においては、その本来の給付目的の如何にかかわらず、なんら純然たる金銭債権と異なるところはないのであるから、これを相続財産の範囲に属しないものとすべき理由はない。そして、法一九条(昭和六〇年法律第三四号による改正後の国民年金法一九条についても同じ。本条につき、以下同じ。)の規定は、法二〇条の併給調整に関する規定が合憲であることを前提とするか又は同条の規定の適用の余地のない場面を予定したものであって、本件訴訟におけるように法二〇条の規定が違憲、無効であることを前提として老齢年金の支払いの請求をする例を想定したものではないのであるから、法一九条の規定が存在することも、右のように具体化され一般金銭債権と化した老齢年金請求権の相続性を否定する論拠となるものではない(そもそも、法一九条の規定は、同法による年金請求権にも相続性があることを前提としたうえで、相続人の範囲及び順位に関する特則を定めたものに過ぎないものと解すべきである。)。

したがって、相続人田村は、原告の死亡により、本件訴訟の対象である権利又は法律関係たる前記老齢年金請求権を相続し、これによって本件訴訟における原告たる地位を当然に承継したものというべきである。

2  仮に前項の主張が理由がないとしても、相続人田村は、昭和五〇年頃までは原告と同居していたものであり、原告が病気治療のために入院するようになった昭和五九年以降においては、原告に生活費や日用必需品を送り続け、電話や手紙による連絡を絶やさず、しばしば原告を見舞うなどしてきたものであり、また、原告の退院に備えて自宅の増築をするなどして原告が退院した後においては原告と同居することを予定していたものであって、これらの事情に照らすと、相続人田村は、法一九条一項の定める、死亡した年金給付の受給権者と生計を同じくしていたものとの要件を充足するものというべきであるから、同条同項の規定に基づき、自己の名で前記の未支給の老齢年金の支払いを請求することができるものである。

そして、訴訟の当然承継は、訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係の承継とは別個の、何人が訴訟の当事者となることが紛争解決のために最も必要かつ有益かという意味での訴訟上の地位、当事者適格の移転があったときに生じるものと解すべきものであるところ、相続人田村は、右のとおり、原告が死亡したことによって法一九条一項の規定に基づき本件訴訟の対象たる老齢年金請求権を取得したものであり、本件訴訟における原告の請求の成否と相続人田村の右請求の成否とは、いずれも法二〇条の併給調整に関する規定の違憲性という争点を全く共通にし、本件訴訟の訴訟状態をそのまま相続人田村に引き継がせることが紛争の全面的・一回的解決という訴訟上の利益にも合致することになるのであるから、本件訴訟における原告たる地位は、相続人田村に当然に承継されたものと解すべきである。

なお、法一九条一項の規定による未支給の年金の支給の請求に対して、これを不支給とする処分がなされた場合においては、請求者は、法一〇一条(昭和六〇年法律第三四号による改正後の国民年金法一〇一条)の規定に従って行政上の不服申立てをすることができ、また、法一〇一条の二(昭和六〇年法律第三四号による改正後の国民年金法一〇一条の二)は、いわゆる訴願前置について定めているけれども、老齢年金の受給要件及び給付額は客観的、一義的に定められていて、そこには行政上の裁量の余地が全くないのであるから、法一九条一項の規定により未支給の年金を自己の名で請求することができる者は、右の規定による未支給の年金の支給の請求又はこれについての不支給の処分に対する行政上の不服申立てあるいは不支給の処分に対する取消訴訟を経たかどうかにかかわりなく、直ちに未支給の年金の支払いを求めて訴えを提起することを妨げないものというべきである。

三そこで、本件訴訟における当然承継の成否、すなわち、相続人田村が本件訴訟における原告たる地位を当然に承継したものということができるかどうかについて判断する。

1 民事訴訟法は、訴訟の係属中において当事者が死亡し、これによって当事者の交替が必要となる場合においては、相続人、相続財産管理人、その他法令の規定によって訴訟を続行すべき者が当然に訴訟を承継して当事者の訴訟上の地位を引き継ぐものとするとし、この場合には、訴訟手続上においても、当該訴訟が訴訟代理人によって追行されている場合を除いては、新たに当事者となるべき者が訴訟に関与することができるようになるまで中断を生じるものとして訴訟手続の進行を停止し、新たな当事者若しくはその相手方の受継の申立て又は裁判所の続行命令によって、訴訟手続を再開するものとしているところである(二〇八条、二一三条、二一六条、二一九条)。

そして、訴訟の当事者の死亡によって右にいわゆる訴訟の当然承継が生じるのは、相続人が当事者の死亡によりその財産に属した一切の権利義務を相続により包括的に承継したことの結果として当該訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係自体を承継し、これに伴って現に争いの当事者たる地位を承継しているものと認められるか、または、右のような承継関係が認められないときであっても、特に法令の規定によって特定の者が訴訟追行権を与えられているような場合に限られるのであって、訴訟の当然承継とは、右のような場合において、これにより訴訟が当然に終了するものとすることなく、なお同一性を維持しながら存続するものと擬制したうえで、新たな当事者が当然に従前の訴訟状態をそのまま承継して訴訟を追行すべきものとする制度にほかならない。

相続人田村は、訴訟の当然承継は、当該訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係の承継とは別個の、何人が訴訟の当事者となることが紛争解決のために最も必要かつ有益かという意味での訴訟上の地位、当事者適格の移転があったときに生じるものと主張するけれども、少なくとも当事者の死亡による訴訟の当然承継に関する限り、相続による包括的承継の結果としての当該訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係の承継ということを離れて訴訟の当然承継を観念することができないことは明らかであって、相続人田村の右主張は、採用することができない。

したがって、訴訟の当事者が死亡した場合において、当該訴訟の対象たる権利又は法律関係が当該当事者に一身専属的なものであって、相続の対象とはならず、当事者の死亡によって紛争そのものが全面的に解決されてしまうことになるか、あるいは、なんらかの紛議が遺されるとしても、それが性質又は態様を異にした別個の権利又は法律関係をめぐる争いに転化したものであるようなときにおいては、当事者の死亡によって当該訴訟は当然に終了するのであって、そこに訴訟の当然承継が生じる余地はないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年五月二四日大法廷判決・民集二一巻五号一〇四三頁、同昭和四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号八〇四頁、同昭和五一年七月二七日第三小法廷判決・民集三〇巻七号七二四頁、同昭和五三年六月一六日第二小法廷判決・裁判集民事一二四号一二三頁参照)。

2  これを本件についてみるに、原告は、先に摘示したとおり、本件訴訟において、既に基本権たる受給権についての裁定は受けたものの、法二〇条の規定によってその支分権たる年金請求権の行使につき支給停止の措置が採られている老齢年金につき、法二〇条の規定ひいてはこれに基づく右支給停止の措置が違憲、無効であるとして、昭和五四年七月から昭和五七年五月までの間の未支給の老齢年金の支払いを求めたものであって、本件訴訟の対象たる権利又は法律関係は、公法上の債権としての支分権たる右老齢年金請求権であることが明らかである。

そして、相続人田村は、先ず、右のように具体化するに至った支分権としての老齢年金請求権は、当然に相続の対象となるものとし、原告の死亡によってこれを相続により承継したとして、本件訴訟の原告たる地位を当然に承継したものであると主張する。

しかしながら、法二四条は、同法による給付の目的が国民が老齢、障害又は死亡により所得の喪失又は減少の危機に瀕する場合において共同連帯に基づきこれを防止し、国民生活の安定とその向上を図ることにあることに鑑みて、年金給付が真に受給権者の利益のために用いられるべきものとし、また、年金給付は受給権者の生存中に支給してはじめてその意義を全うすることができるものであることに照らして、基本権たる年金受給権についてはもとより、支分権たる年金請求権についても、原則として、これを譲り渡し、担保に供し又は差し押えることができないものとして、いわゆる権利の移転性を否定し、これを受給権者の帰属上の一身専属権としているのであって、このことの結果として、これらの権利は、民法八九六条但し書の規定により、相続財産の範囲には属しないことになるものといわなければならない。

そして、このことは、既に支給期間を経過していながら支給期月(法一八条三項参照)が未到来であるために未支給である年金あるいは既に支給期月が到来しているにもかかわらずなんらかの事由によって未支給のままとなっている年金(これらの年金を以下「未支給年金」という。)の請求権(本件訴訟の対象たる権利である前記老齢年金請求権は、法二〇条の規定ひいてはこれに基づく支給停止の措置が違憲、無効であるとする原告の主張に従えば、右にみたような意味での未支給年金の請求権に当たることになる。)についても、等しく妥当するところであって、受給権者が未支給年金を遺して死亡した場合においては、受給権者の死亡によって未支給年金の請求権も当然に消滅し、それが相続の対象となる余地はないものである(この点については、生活保護法による保護受給権に関する前掲最高裁判所昭和四二年五月二四日大法廷判決の判旨がそのまま当てはまるところである。)。

もっとも、法一九条は、年金給付の受給権者が死亡した場合において、未支給年金があるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者は、右の順位により、自己の名でその未支給年金の支給を請求することができ、また、拠出制の年金給付の受給権者が受給権の裁定を受けないで死亡した場合においても、右に掲げる者は、右に掲げる順位により、自己の名で年金の受給権の裁定の請求をすることができるものとしているけれども、右の規定は、社会保険の仕組みを採用し財源を主として被保険者の拠出する保険料に依拠する国民年金制度が健全な発展を遂げるためには、保険料の拠出への幅広い国民の支持が必要であることや、年金給付を従前の拠出保険料に対する対価的な給付又は貯蓄的な性格のものとしてとらえ勝ちな国民の意識を考慮して、国民年金制度を国民各層に広く親しまれるものとするため、遺産相続の制度とは全く別個のものとして、死亡した受給権者と生計を同じくしていた一定の範囲の遺族に対しその名において未支給年金又は受給権の裁定未経由の拠出制の年金を受給することができる権利を付与したものであって、右の規定は、未支給年金又は受給権の裁定未経由の拠出制の年金の請求権が相続の対象となるものではないことを当然の前提としたものであることはいうまでもないところである。したがって、法一九条の規定が年金請求権についての相続人の範囲及び順位に関する特則を定めたものに過ぎないものとする相続人田村の主張は、独自の見解に立つものであって、とうてい採用の限りではない。

そうすると、原告の子(養女)である相続人田村が原告の死亡により本件訴訟の対象である老齢年金請求権を相続したとする相続人田村の主張は失当であって、これにより相続人田村が本件訴訟の原告たる地位を当然に承継したものとすべき理由はない。

3  次に、相続人田村は、原告が死亡した当時原告と生計を同じくしていた者であって、法一九条一項の規定に基づいて原告が死亡したことにより本件訴訟の対象である未支給年金たる前記老齢年金請求権を取得したものであるから、これによって訴訟の当然承継が生じ、本件訴訟における原告たる地位は相続人田村に承継されたものであると主張する。

そして、確かに、法一九条一項の規定によって受給権者と生計を同じくしていた一定の範囲の遺族が取得する未支給年金の請求権は、遺族がその名において自らが受給権者として請求することができるものであるとはいえ、その内容は死亡した受給権者が生存中に有していた未支給年金の請求権と同一内容のものであり、また、給付制限事由の存否等も専ら死亡した受給権者について判断すべきものであって、これを実質的にみれば、遺族は、死亡した受給権者が有していた未支給年金請求権を伝来的、承継的に取得したものとして観念することができないわけではない。

しかしながら、当事者の死亡によって訴訟の当然承継が生じるのは、相続人が被相続人の財産に属した一切の権利義務を相続によって包括的に承継したことの結果として、当該訴訟の対象たる実体上の権利又は法律関係を承継し、これに伴って現に争いの当事者たる地位を承継したものと認められる場合に限られるものと解すべきことは、先にみたとおりである。

そして、法一九条一項の規定は、前記のような趣旨に基づき、受給権者の死亡を法律要件のひとつとして受給権者と生計を同じくする一定の範囲の遺族に対して未支給年金の請求権を付与しているに過ぎないものであって、その法律関係は、相続による遺産の包括的承継とは全く別個の法律関係を構成するものであり、これを実質的にみても、せいぜい未支給年金請求権の特定承継があったものと擬することができるにとどまるのであって(その意味では、右のような未支給年金の請求権を取得した遺族の地位は、死因贈与における受贈者の地位又は特定遺贈における受遺者の地位に類比したものであるということができる。)、この場合においては、民事訴訟法七三条の定める参加承継又は同法七四条の定める引受承継の申立ての適否が問題となる余地があるかどうかはともかく(これについては、後に述べる。)、およそ訴訟の当然承継の生じる余地はないものといわなければならない。

さらに、翻って検討するに、法一九条一項の規定による未支給年金の受給権者が右条項に基づいて未支給年金の支給の請求をした場合においては、同条三項の規定による受給権の裁定未経由の年金の受給権者が受給権の裁定の請求をした場合におけると同様に、所轄行政庁は、未支給年金の支給決定又は不支給の決定をしなければならないのであって、右の決定は、未支給年金の支払い請求に対する単なる事実上の承諾又は拒絶としての意味を持つにとどまるものではなく、いわゆる行政処分性を有するものであることが明らかである。したがって、右のような未支給年金の不支給決定を不服とする請求者は、法一〇一条及び一〇一条の二(昭和六〇年法律第三四号による改正後の国民年金法一〇一条及び一〇一条の二)の規定に従い、これに対する行政上の不服申立てを経由したうえ、当該不支給決定の取消訴訟を提起して、その適否を争うべきものである(右のような不支給決定が行政処分性を有するものであって、その適否は専ら行政上の不服申立て及び取消訴訟において争われるべきものとすることは、既に確立した行政実例であって、もとより正当である。)。

そして、このように、ある請求権の存否又は範囲を確定するための手続又は争訟方法として、行政処分及びこれに対する行政上の不服申立て又は取消訴訟の方途が講じられている場合においては、行政処分の公定力そのものの作用又はその派生的効果としての取消訴訟の排他的管轄性により、当該請求権は、専らこれらの手続又は争訟方法を通じてのみ確定され、これによってはじめて行使可能な具体的請求権として存立するに至るのであって、権利者は、右のような手続又は争訟方法を経ない段階においては、単なる抽象的、観念的な権利を有するにとどまり、それだけでは直ちに右請求権の行使としての給付訴訟を提起する適格を有しないものといわなければならない。このことは、法一九条一項の規定による未支給年金の請求権についても、そのまま当てはまるところである。

この点について、相続人田村は、未支給年金についての所轄行政庁の不支給決定に対して行政上の不服申立て又は取消訴訟の提起をすることができることは肯認しつつも、老齢年金の受給要件及び給付額が客観的、一義的に定められていて、行政上の裁量を容れる余地がないことを理由として、法一九条一項の規定による未支給年金の受給権者は、右の規定による未支給年金の請求、その不支給決定に対する行政上の不服申立て又はその取消訴訟を経たかどうかにかかわりなく、直ちに未支給年金の支払を求めて訴えを提起することも妨げないものと主張するけれども、ひとつの請求権の存否又は範囲をめぐる争訟手続が右のように両途にわたって併存し、その間のなんらの調整規定も置かれないままに、権利者は適宜その一方又は双方を選択することができるものとすることは、権利の確定手続又は争訟法の体系としてはおよそ不合理を極めるものであり、また、前記の行政処分の公定力の作用又はその派生的効果としての取消訴訟の排他的管轄性の法理を看過するものであって、それが現行法の法意であるとはとうてい考えられないところである。

したがって、仮に相続人田村が原告が死亡した当時原告と生計を同じくしていた者であったとしても、相続人田村は、未だ右にみたような行政処分又は行政争訟を経ていないものである以上、法一九条一項の規定に基づく未支給年金の請求権については単なる抽象的、観念的な権利を有するに過ぎないのであって、それだけでは直ちにその請求権の行使としての給付訴訟を提起する適格を有しないのであるから、いずれにしても相続人田村が原告から未支給年金の請求権の承継を受けたものとして本件訴訟における原告の地位を当然に承継したものということのできないのはもとより、相続人田村又は被告が民事訴訟法七三条の定める参加承継又は同法七四条の定める引受承継の申立てをなしうる余地もないものというべきである。

4  以上のとおりであって、本件訴訟において訴訟の当然承継が生じるものとする相続人田村の前記主張はいずれも失当であり、また、そのほか、相続人田村が本件訴訟における原告たる地位を承継したものというべき事情又は理由を見い出すことはできない。

四そうすると、本件訴訟は、昭和六三年四月二七日原告の死亡によって終了したものと解するほかないから、その旨を主文において宣言することとし、中間の争いに関して生じた訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法九五条及び八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上敬一 裁判官山下郁夫 裁判官井口実)

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